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東京地方裁判所 平成5年(ワ)2148号 判決

原告

森田政男

被告

田中哲夫

主文

一  被告は、原告に対し、三三九万〇九四四円及び内金三〇九万〇九四四円に対する平成二年七月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを六分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、二一七一万七二一八円及び内金一九七四万七二一八円に対する平成二年七月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、信号機のある交差点を横断中、被告運転の軽貨物自動車に轢かれた原告が、加害車両の保有者である被告に自賠法三条に基づき損害の支払いを求めた事案である。

一  争いのない事実

1(事故の発生)

(一)  日時 平成二年七月一三日午前零時零分頃

(二)  場所 東京都江戸川区船堀三丁目六番先交差点船堀街道道路上(以下「本件交差点」という。)

(三)  事故車両 軽貨物自動車(品川四〇ま五三七。以下「被告車」という。)

(四)  右運転者兼保有者 被告

(五)  事故態様

原告が事故発生場所の横断歩道上を船堀駅前から都民銀行船堀支店方向に向かつて横断を開始したところ、京葉道路方面から葛西橋方面通りに向かつて被告車を運転走行させていた被告が側面から原告と衝突し、原告を跳ねたもの(以下「本件事故」という。)。

2(被告の運行供用者)

被告は、被告車の保有者兼運転者であり、これを自己のため運行の用に供していたものである。

3(原告の受傷、治療経過、後遺障害等級、収入)

(一)  原告は、本件事故により、左鎖骨骨折、左腓骨複雑骨折、左膝外側靱帯損傷、左脛骨隆起複雑骨折、左大腿骨複雑骨折、右大腿骨骨折、頭蓋骨骨折、顔面頭部、右上下肢、胸腹部挫傷等の重度傷害を受け、直ちに江戸川区内の松江病院に収容され、平成二年七月一三日から同年一二月四日まで入院し、固定手術、靱帯形成術等の治療を受けた。

原告は、平成二年一二月六日、秋枝病院に転医して入院加療を続け、平成三年二月一六日に退院し、その後も同病院に平成四年三月二五日まで通院し(実通院日数九三日)、治療を継続し、平成四年三月二六日症状固定の診断を受けた。

また、その間、平成三年一〇月三〇日、同月三一日、平成四年一月二六日から同年二月一日まで松江病院に入院し、同年一月一三日から同年三月二六日まで同病院に通院した(実通院日数六日)。

したがつて、症状固定日までの入院日数は二二七日、通院期間は一三か月(実通院日数九九日)である。

(二)  原告は、本件事故により、両下肢運動障害等の後遺障害を残し、右は、後遺障害等級一〇級に認定された。

(三)  原告の本件事故前の平成二年一月から同年七月までの平均収入は、日額一万一二四七円である。

4(損害の填補)

原告は、合計六三〇万八三四四円の損害の填補を受けた。

二  争点

1  損害

(原告の主張)

(一) 入院雑費 二七万二四〇〇円

(二) 休業損害 七〇〇万六八八一円

原告の事故前平均収入は日額一万一二四七円であり、六二三日分の休業損害は、七〇〇万六八八一円である。

(三) 逸失利益 九四七万〇八六七円

原告は、昭和七年八月二九日生まれで、本件事故当時満五七歳、症状固定時満五九歳で、後遺障害等級一〇級一一号であり、その逸失利益は、男子労働者の旧中新高卒五五歳から五九歳年齢別賃金センサス(平成二年)五四二万七四〇〇円、労働能力喪失率二七パーセント、労働能力喪失期間八年のライプニツツ係数六・四六三で算定すると、九四七万〇八六七円である。

(四) 慰謝料

入通院慰謝料 二九〇万円

後遺症慰謝料 四六〇万円

(五) 弁護士費用 一九七万円

2  過失相殺

(被告の主張)

被告は、本件交差点に侵入する際、自車進行方向の信号機が青信号であることを確認して進行した。これに対し、原告は、本件事故当時飲酒をし、傘をさしており、横断歩道の信号機が赤信号であつたのを見落として横断したもので、右原告の行為が本件事故の主たる原因であり、原告の過失割合は、少なくとも七割は下らない。

(原告の主張)

被告車が、自車進行方向の信号機が赤信号であるにもかかわらず、それを無視して本件交差点に侵入したため、本件事故が発生したものである。

第三争点に対する判断

一  本件事故時の本件交差点の信号機の表示について

本件事故発生時の本件交差点の信号機の表示について、原告は、原告が歩いていた横断歩道の歩行者用信号機が青信号であつた旨供述し、被告は、走行していた船堀街道の車両用信号機が青信号であつた旨供述し、対立しているので、他の証拠に照らして、検討する。

乙三及び証人岩村孝夫(以下「岩村」という。)の証言によれば、岩村は、本件事故について以下のとおり供述する。

タクシー運転手であつた岩村は、本件事故当時、タクシー客を船堀小学校前から乗せて市川に向かう途中、船堀街道を南方から本件交差点に向かつて走行し、本件交差点中央付近で右折するため停止し、対向車線を走行してきた被告車を含む三台の車が本件交差点を通過するのを待つて右折したが、その間信号機は青信号であつた、岩村が右折した直後「ドーン」という音がしたので、岩村が右横を振り向くと、人が倒れていた、被告車は、ほとんどブレーキをかけない状態で人にぶつかつていつた、被害者の歩行者は、黒っぽい服装をしており、かなりゆつくり横断歩道を歩いていた。

そこで、右岩村証言を検討すると、乙二及び原告本人によれば、原告は、本件事故当時グレーに見える作業衣を着用していたこと、被告車は、原告を跳ねてから停止するまでに約一六・三メートルも走行していること、原告は、通常の歩行者に比べてかなりゆつくり歩き、本件事故の際の横断中も同様であつたことが認められ、前記証人岩村の証言は、原告の服装、歩き方、本件事故の際の被告車の停止状況等の点で、いずれも右事実と一致するものであり、本件事故の際、現場の直近で本件事故前後の状況を目撃していた証人岩村の証言は、信用性の高い供述であると評価でき、右証言及び被告本人によれば、本件事故の際、被告車進行方向の船堀街道の車両用信号機は青信号であつたと認めることができる。

原告は、本人尋問において、他の歩行者四、五人と一緒に横断歩道の信号機が青信号になるまで本件交差点の横断歩道の前で待つていたが、その間前方を通り過ぎた車や交差点で右折のため停車している車はなく、横断歩道の歩行者用信号機が赤信号から青信号に変わつてから渡り始めた旨供述し、甲六、甲七中には同様の記載部分があるが、前記認定に照らしにわかに採用できない。

なお、甲五及び証人天野稔の証言中には、船堀街道の本件交差点の一つ手前の船堀三丁目二三番一〇号先の交差点の赤信号で停車している際に、本件事故の発生音を聞いた旨の供述部分があり、甲九によれば、平成六年六月時点では右交差点と本件交差点の船堀街道の各信号機の青信号の開始がほとんど同時点であることが窺えるものの、証人天野稔は、本件事故当時の本件交差点の信号機の色は覚えていない旨供述しており、平成二年七月一二日当時の右両交差点の信号機の各信号表示秒数、信号の連動の有無、内容については、当時の履歴保存がないので、必ずしも明らかではないから、右各証拠をもつてしても、本件事故の際に、本件交差点の船堀街道の車両用信号機が青信号であり、したがつて歩行者用信号が赤信号であつたとの認定を覆すには足りないというべきである。

二  過失相殺の割合

右認定のとおり、本件事故の際、原告の横断していた歩行者用信号機は赤信号であり、被告車の進行していた船堀街道の車両用信号機は青信号であつたことが認められ、右によれは、原告の過失相殺の割合は七割と評価すべきところ、原告が事故当時五七歳であつたこと等の事情を勘案すれば、本件事故において斟酌すべき原告の過失相殺の割合は、六割であると評価するのが相当である。

三  損害額

1  治療費 七〇万一九九六円

乙五の2、乙六によれば、原告の治療費は、松江病院分五一万〇一一一円及び秋枝病院分一九万一八八五円であると認められる。

2  付添看護費 一一〇万三四〇八円

乙五の1、2によれば、原告の付添看護費は一一〇万三四〇八円であると認められる。

3  入院雑費 二七万二四〇〇円

原告の入院日数は二二七日である(争いがない)ところ、一日当たりの付添費は一二〇〇円が相当である。

算式 一二〇〇×二二七=二七万二四〇〇

4  休業費 七〇〇万六八八一円

原告の事故前平成二年一月から同年七月までの平均収入が日額一万一二四七円である(争いがない)ところ、原告本人によれば、原告は本件事故後症状固定日まで稼働できなかつたことが認められるから、同期間六二三日分の休業損害は、合計七〇〇万六八八一円であると認められる。

算式 一万一二四七×六二三=七〇〇万六八八一

5  逸失利益 七一六万三五三六円

原告は、後遺障害等級一〇級一一号の認定を受けており(争いがない)、労働能力の二七パーセントを喪失したと認めるのが相当であるところ、原告の本件事故当時の平均日額は一万一二四七円である(争いがない)から、昭和七年八月二九日生まれの原告が、症状固定の日である平成四年三月二六日から六七歳に達するまでの八年間で年収四一〇万五一五五円を得ることができたと推認されるので、その額を基礎として、ライプニツツ方式により中間利息を控除して八年間の逸失利益の本件事故時の現価を求めると、七一六万三五三六円となる。

算式 一万一二四七×三六五×〇・二七×六・四六三=七一六万三五三六

6  慰謝料 七二五万円

前記の原告の入通院期間、後遺障害等級等を勘案すれば、原告の入通院についての慰謝料は二六五万円、後遺障害についての慰謝料は四六〇万円をもつて相当であると認める。

7  過失相殺、填補

原告の損害は合計二三四九万八二二一円であり、過失相殺として六割の減額をした九三九万九二八八円から、填補分六三〇万八三四四円を控除した損害残額は三〇九万〇九四四円である。

8  弁護士費用

本件事件の内容、審理経過、認容額等諸般の事情に鑑み、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は三〇万円をもつて相当であると認める。

四  結論

よつて、原告の請求は三三九万〇九四四円及び弁護士費用を除いた内金三〇九万〇九四四円に対する本件事故日である平成二年七月一三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を認める限度で理由あり、その余の請求は理由がない。

(裁判官 生野考司)

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